2014年09月02日

この笑顔、中国東北の小学生と英語のお勉強!

8月の最終週、中国東北の農村の小学校で英語授業の他、カレー給食(去年もそうでしたが全員が始めて食べたとのこと)、ドッジボールで一緒に遊び、先生方とも楽しく交流してきました。
40分×2コマの授業を終えた直後の新3年生の笑顔です。

     IMG_1626.jpg
         
この3年間で、一番充実した快心の授業がこの子供たちと作れたと感じています。
子供たちの無邪気な笑顔と真剣な態度に僕の心まできれいに洗い流してもらいました。

中国では3年生から週2時間、5年生から週3時間英語の授業があります。8月下旬新学期、新3年生にとって全く初めての英語の授業でした。アルファベットはピンイン学習で幼児園から学んでいますが、数字と自分の生まれた月の名前を見て区別でき、話せるところまで目指しました。6年生は簡単な自己紹介ができるようになりました。

  IMG_1654.JPG

田舎の新鮮な空気と、美味しい野菜中心の東北家庭料理と、満天の星に「天の川」を、久しぶりにくっきりと見ることができました。(乗り継ぎの北京空港では白くかすんで視界が1キロ程度でしたが・・・)

      IMG_1682.JPG

「大海の1滴」のような教育ボランティア交流については「楠ヶ丘会」のホームページ→
「楠ヶ丘会の活動」→「リレーエッセイ」→「第79弾」をご覧下さると詳しく報告しています。
    


posted by 楠ヶ丘会 at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年08月15日

死んだ男の残したものは  8月15日に


作詞:谷川俊太郎  作曲:武満徹

死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった

死んだ女の残したものは
しおれた花とひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった

死んだ子どもの残したものは
ねじれた脚と乾いた涙
他には何も残さなかった
思い出ひとつ残さなかった

死んだ兵士の残したものは
こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残せなかった
平和ひとつ残せなかった

死んだかれらの残したものは
生きてるわたし生きてるあなた
他には誰も残っていない
他には誰も残っていない

死んだ歴史の残したものは
輝く今日とまた来る明日
他には誰も残っていない
他には誰も残っていない


かつて外大祭で僕は歌った。
「腰まで泥まみれ」(ピート・シーガー、中川五郎訳詞)とともに歌った。フォークソング部のOB会でも歌った。

高石ともやが、大阪森の宮教会で歌ったのを聞いたのが始まりだった。ピート・シーガーの「花はどこへ行ったの」と同じように巡り巡る歌詞の連なりに、強く打たれた。

倍賞千恵子が今年の新聞インタビューで、今も歌っているうたの一つとしてこの歌を挙げていた。
「今も歌わなければ」という気持ちになる人はきっと多いと思う。

昨日、今日とキャンパス情報でなくてすみません。

posted by 楠ヶ丘会 at 16:23| Comment(0) | 日記

2014年08月09日

ヒロシマ・ナガサキ そして被爆アオギリ

「アオギリの見える小部屋から」のアオギリは、楠ヶ丘会広島支部より設立30周年記念として寄贈された「被爆アオギリ2世」です。8月6日に書きたいと思うことがありましたが果たせませんでした。
今朝、長崎平和公園での原爆犠牲者慰霊平和祈念式典のTV中継を見ていました。「被爆者歌う会『ひまわり』」のみなさんが合唱されるのを聞きました。


      P1000597.jpg       

「もう二度と」 寺井一通作詞・作曲

聞こえていますか  被爆者の声が
あなたの耳に  聞こえていますか
もう二度とつくらないで  わたしたち被爆者を
あの青い空さえ  悲しみの色

覚えていますか  ヒロシマ・ナガサキ
いのちも愛も  燃え尽きたこと
もう二度とつくらないで  わたしたち被爆者を
あの忌まわしい日を  繰り返さないで

      P1000596.jpg     

毎年夏、ヒロシマ・ナガサキを思うとき、思いだす歌がトルコの詩人ナジム・ヒクメットの「少女」を訳詞作曲した「死んだ女の子」。高石ともやの歌う声とその歌詞が今も鮮明だ。
しかし、この歌が、坂本龍一のプロデュースで元ちとせが歌っていることは知らなかった。毎年8月31日までの期間限定でYou-Tubeで配信されている。'14バージョンの歌詞とは異なるが・・・。

    死んだ女の子

作詞:ナジム・ヒクメット、訳詞:中本伸幸・服部伸六、作曲:外山雄三

開けてちょうだい  たたくのはあたし
あっちの戸  こっちの戸  あたしはたたくの
こわがらないで  見えないあたしを
だれにも見えない  死んだ女の子

あたしは死んだの  あのヒロシマで
あのヒロシマで  十年まえに  (夏の朝に)
あのときも七つ  いまでも七つ
死んだ子はけっして  大きくならないの

炎がのんだの  あたしの髪の毛を
あたしの両手を  あたしのひとみを
あたしのからだは  ひとつかみの灰
冷たい風に  さらわれていった灰

あなたにお願い  だけどあたしは
パンもお米も  なにもいらないの
甘いあめ玉も  しゃぶれないの
紙きれみたいに  燃えたあたしは

戸をたたくのは  あたし あたし
平和な世界に  どうかしてちょうだい
炎が子どもを  焼かないように
甘いあめ玉が  しゃぶれるように

炎が子どもを 焼かないように
甘いあめ玉が  しゃぶれるように

posted by 楠ヶ丘会 at 19:05| Comment(1) | 日記